第17講 M&Aの本当の主戦場は、PMIにある
M&Aの本当の主戦場は、PMIにある
M&Aは、契約書に調印し、株式譲渡や事業譲渡が実行された瞬間に成功するものではありません。 むしろ、本当の勝負は、その後に始まります。
買収した企業をどのように経営し、どのようにシナジーを実現し、どのように企業価値を高めるのか。 その買収後の経営統合こそが、PMIです。
目次
M&Aの成否は、買収価格の高低だけで決まるものではありません。 買収後に、買収企業が自社の資金力、信用力、営業力、人材、管理体制を活かし、被買収企業の企業価値をどこまで高められるかによって決まります。
つまり、M&Aの本当の主戦場は、契約締結前の交渉ではなく、契約締結後のPMIにあるのです。
1. PMIとは何か?
M&Aの実務で使われるPMIとは、Post Merger Integrationの略です。 直訳すれば「買収後の統合」ですが、実務上は、買収後に対象会社をどのように経営し、どのようにシナジーを実現し、どのように企業価値を高めるかという、M&A後の経営統合プロセス全体を意味します。
M&Aに長けた企業、そしてM&Aで成功する企業は、例外なくPMIを重視しています。 M&Aは、被買収企業の現在の純資産価値に加え、将来獲得できる収益力やシナジーを見込んで買収価格を決定します。 そのため、買収後に従前と同じ水準の収益しか実現できないのであれば、買収価格にプレミアムを付けた意味は失われます。
買収側の資金力を使い、被買収企業単独では実行できなかった投資を行う。
買収側の信用力、取引先基盤、金融機関との関係を使い、事業拡大を進める。
営業、人材、仕入、技術、海外展開などの連携によって、買収前を超える企業価値を生み出す。
しかし、これは非常に難しい仕事です。 被買収企業の元経営陣は、その業界、その顧客、その従業員を深く理解してきたプロです。 そこに買収側企業は、いわば「よそ者」として入っていかなければなりません。
買収側が資本を投入し、管理体制を整え、営業支援を行い、場合によっては経営陣を入れ替え、被買収企業が単独では実現できなかった成長を実現して、初めてM&Aは成功したと言えます。
近時の調査でも、M&Aによって当初の目的を達成したと評価する企業は、必ずしも多数派ではありません。 多くの企業にとって、M&Aの難所は、相手を見つけることや契約を締結することではなく、買収後に成果を出すことにあります。
グループ内の売上規模を底上げしたい、上場準備のために企業規模を拡大したい、という目的だけでM&Aを行い、買収後の経営を被買収企業の元経営陣に任せ切りにしてしまえば、M&Aの本来の成果は得られません。
2. 買収側事業会社の内情 ― 役員会で繰り広げられるPMIの暗闘
私は、2017年3月に株式会社URVプランニングサポーターズの代表取締役として独立するまで、大手事業会社においてM&A買収部門の責任者を務めていました。 その立場で、M&A仲介会社やFAから多くの売り手企業の情報を受け取り、分析し、売り手企業のオーナー経営者と面談し、交渉を重ねてきました。
また、同じように買収側企業の責任者を務める方々とも交流し、買収実務の現場で何が起きているのかについて、多くの情報交換を行ってきました。
買収側が事業会社である場合、役員会で最も重要な論点となるのは、買収価格だけではありません。 むしろ、最も重い論点は、次の一点に集約されます。
買収後、誰を責任者として送り込み、どのように対象会社を経営し、企業価値を高めるのか。
買収価格が高いか安いかは、単なるバリュエーション上の計算だけで決まるものではありません。 買収側企業が、その価格を上回る企業価値を本当に生み出せるのか。 ここに、M&Aの極めて泥臭い現実があります。
「誰が行くのか」という問題
役員会でこの議論が始まると、最も対象になりやすいのは、M&A担当責任者です。 「あなたが良い案件だと言って持ってきたのだから、あなたが責任者として行くべきではないか」という議論になりやすいのです。
経済小説では、買収側で尽力した担当者が、被買収企業の経営者として入っていく展開が、ある種のハッピーエンドとして描かれることがあります。 しかし、実務では、そこはハッピーエンドではありません。 むしろ、最も長く、最も苦しいPMIのスタート地点です。
被買収企業は、その業界に精通したオーナー経営者が作り上げ、その経営者に仕えてきた幹部や従業員が支えてきた組織です。 そこに、買収側から送り込まれた人間が、株主の意向を背負って入っていく。 しかも、業界知識、現場感覚、人間関係、組織文化では、既存の経営陣や従業員の方がはるかに深く知っている。
机上のバリュエーションや財務分析だけで、簡単に経営を成功させられるほど、PMIは甘い仕事ではありません。 M&Aを成功させることと、被買収企業の経営者として成功することは、まったく別の能力を必要とするのです。
3. 仲介・アドバイザリーは行っても、PMIから距離を置く会社が多い理由
M&Aの仲介やアドバイザリーを行う会社は数多くあります。 しかし、成約後のPMIまで深く引き受ける会社は、決して多くありません。
その理由は明確です。 PMIは、資料を作成し、候補先を紹介し、条件交渉を支援する仕事とは異なります。 買収後の現場に入り、組織、人間関係、資金繰り、営業、管理体制、顧客対応、従業員の不安と向き合う仕事だからです。
買い手企業の内部でも、PMI責任者は簡単には決まらない
ここで、買い手企業の内部におけるPMIの実情を見てみます。 買い手企業は、M&Aを実行できるだけの資金余力を持つ会社です。 本業で利益を積み上げ、金融機関からの与信も厚く、組織も一定程度整っています。
当然、そこには多くの管理職や経営管理者が存在します。 しかし、実績のある管理職ほど、被買収企業の経営責任者になることを望まない場合が少なくありません。
なぜなら、自分が育てた部下がいて、自分の権限が及ぶ組織があり、既に成果を上げている現在のポジションを離れ、 まったくの外様として、買収された会社の従業員を率い、短期間で成果を求められる立場に移ることは、大きなリスクを伴うからです。
- 被買収企業の組織文化が読めない
- 従業員が買収側の責任者を受け入れるとは限らない
- デューデリジェンスでは見えなかった問題が出てくる
- 買収側本体が、想定通りの資金や人材を投入し続けるとは限らない
- 失敗すれば、自らの社内評価にも大きな傷がつく
つまり、PMI責任者になることは、まさに「火中の栗」を拾う仕事です。 成功すれば大きな成果になりますが、失敗するリスクも極めて高い。 だからこそ、買収側企業の内部でも、誰がその役割を担うのかをめぐって、深刻な議論が生じます。
PMIには、買収後にしか見えないリスクがある
弁護士や会計士に費用をかけてデューデリジェンスを行っても、買収後に初めて見えてくる問題はあります。 財務諸表に表れない従業員の不満、属人的な営業関係、社内の暗黙知、キーマン依存、顧客との微妙な関係、管理部門の脆弱性などは、買収後に表面化することが少なくありません。
また、買収時には十分な投資を約束していた買収側本体が、買収後の業績悪化や本業の資金需要を理由に、投資を抑制するケースもあります。 その結果、被買収企業の責任者として送り込まれた人材だけが、現場と株主の板挟みになることがあります。
これが、PMIの現実です。 PMIは、契約締結後のきれいな統合計画ではありません。 買収後の現場で起きる矛盾、抵抗、不安、資金制約、文化の違いと向き合いながら、企業価値を実際に高めていく経営そのものなのです。
4. あえて「火中の栗」を拾う、URVプランニングサポーターズ
私自身、前職時代には、独立の足かせになることを避けるため、PMIで買収先企業の代表として火中の栗を拾うことを慎重に避けてきました。 しかし、現在は立場が違います。
私は、経営コンサルタントであり、同時に事業家でもあります。 そして、株式会社URVプランニングサポーターズの業務として、M&Aの支援を行う以上、成約までで仕事を終えるのではなく、買収後のPMIまで踏み込むことが、M&Aアドバイザーとしての責任であると考えています。
M&Aの仲介やアドバイザリーを行う事業者の方から、 「松本さん、よくそこまでやりますね」 と言われることもあります。
しかし、M&Aを生業にし、クライアントの成功を目指すのであれば、PMIから距離を置いた支援では中途半端になる。 私は、そのように考えています。
買収価格や契約条件だけでなく、買収後に誰が何を実行するのかを、案件検討段階から設計します。
財務資料だけではなく、組織、従業員、顧客、営業、管理体制を見て、現実的な統合を進めます。
M&Aの目的である企業価値向上を実現するため、成約後の経営支援、組織整備、事業成長まで支援します。
実際に、URVプランニングサポーターズでは、上場企業をTOBで買収した企業の案件において、M&A後のPMI業務を引き受け、買収企業の責任者の方とともに、現場で汗をかきながら統合支援を行っています。
成長企業M&Aにおいて重要なのは、売り手と買い手を結び付けることだけではありません。 資本提携後に、成長企業が本当に成長し、投資企業が本当に投資成果を得ることです。 そのためには、PMIから逃げないM&A支援が必要です。
M&Aは、契約締結で終わるものではありません。
契約締結後に、企業価値を高めるところから、本当のM&Aが始まります。
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